持続可能な地域事業のためのリスク管理と危機対応の基礎知識
地域での活動をソーシャルビジネスとして発展させ、持続可能な事業として継続していくためには、様々な側面に配慮が必要です。事業計画の策定、資金調達、組織運営、情報発信など、多岐にわたる要素を検討していく中で、見落とされがちなのが「リスク管理」と「危機対応」の視点です。
なぜ地域事業におけるリスク管理と危機対応が重要なのか
地域課題解決を目指すソーシャルビジネスは、地域住民、行政、他の団体など、多様なステークホルダーとの関わりの中で運営されます。そのため、一般的なビジネスリスクに加えて、地域特有のリスクに直面する可能性があります。予期せぬ問題やトラブルは、事業の継続を困難にするだけでなく、これまで築き上げてきた地域の信頼を損なうことにもつながりかねません。
事業を持続可能にするためには、潜在的なリスクを事前に特定し、発生を予防するための対策を講じる「リスク管理」と、実際にトラブルが発生した際に被害を最小限に抑え、事業の早期回復を目指す「危機対応(クライシス・マネジメント)」の両方の視点を持つことが不可欠です。
地域事業で想定されるリスクの種類
地域事業において想定されるリスクは多岐にわたります。主なものをいくつか例示します。
- 運営リスク:
- 資金繰りの悪化、想定外の支出
- ボランティアやスタッフの確保・定着の困難さ
- 特定の個人への業務集中による属人化
- メンバー間の意見対立やコミュニケーション不足
- 運営ルールの未整備や不明確さ
- 活動場所の確保や利用に関する問題
- 地域・関係性リスク:
- 地域住民からの理解が得られない、反対意見
- 既存の地域コミュニティや慣習との摩擦
- 行政や連携団体との認識のずれ
- 特定の関係者への依存
- 地域課題の変化による事業内容の陳腐化
- 法務・コンプライアンスリスク:
- 個人情報の漏洩や不適切な取り扱い
- 許認可、契約に関する問題
- 労働基準法などの法令違反
- 知的財産(名称、ロゴなど)に関する問題
- 情報・広報リスク:
- 誤った情報発信による信用失墜
- SNSなどでの炎上
- ウェブサイトのセキュリティ問題
- 外部環境リスク:
- 自然災害(地震、水害など)による活動停止や被害
- 感染症の流行
- 社会経済情勢の変化(人口減少、景気変動など)
これらのリスクは単独で発生するだけでなく、複合的に影響を及ぼす可能性もあります。
リスク管理の基本的なステップ
リスク管理は、以下の基本的なステップで進めることが推奨されます。
- リスクの特定: 事業活動全体を棚卸し、どのようなリスクが潜んでいるかを洗い出します。メンバー間の話し合いや、外部の専門家への相談なども有効な方法です。過去の経験や他地域の事例も参考にすると良いでしょう。
- リスクの分析・評価: 特定したリスクについて、「発生する可能性の高さ」と「発生した場合の影響の大きさ」を評価します。これにより、優先的に対応すべきリスクを特定することができます。影響の大きさは、経済的損失だけでなく、信用の失墜、活動停止、関係性の悪化なども含めて検討します。
- リスクへの対応策の検討・実施: 評価結果に基づき、リスクに対してどのような対策を講じるかを検討し、実行に移します。対応策には主に以下の4つの種類があります。
- 回避: リスクの高い活動自体を行わない判断をする。
- 低減: リスクの発生可能性を減らす、または発生時の影響を小さくするための予防策を講じる(例: マニュアル作成、研修実施、セキュリティ対策、規約整備)。
- 移転: リスクを第三者に移す(例: 保険加入)。
- 受容: 発生可能性や影響が小さく、対策コストが見合わない場合に、リスクを受け入れる判断をする。
- モニタリングと見直し: 一度対策を講じたら終わりではなく、リスクの状況や対策の効果を継続的に確認し、必要に応じて対策を見直します。事業内容や外部環境の変化に合わせて、定期的にリスクの特定からやり直すことも重要です。
特に地域事業においては、日頃からの丁寧な地域住民とのコミュニケーション、透明性の高い情報公開、関係者間の信頼関係構築が、多くのリスクを低減する上で非常に効果的な予防策となります。
トラブル発生時の危機対応
どれだけ予防策を講じても、予期せぬトラブルが発生する可能性はゼロではありません。トラブル発生時に被害を最小限に抑え、事業への影響をコントロールするためには、迅速かつ適切な危機対応が求められます。
危機対応の基本的な流れは以下のようになります。
- 迅速な情報収集と状況把握: 何が、いつ、どこで、どのように発生したのか、関係者は誰か、どのような影響が出ているのかなど、正確な情報をいち早く収集します。憶測や不確かな情報に惑わされないことが重要です。
- 緊急対策チームの発足と役割分担: 事態の収拾にあたる中心メンバーを定め、情報収集、対外対応(広報、関係者連絡)、内部対応などの役割を分担します。事前に担当を決めておくことも有効です。
- 関係者への連絡と情報共有: 地域住民、行政、協力団体、資金提供者など、関係者に対して、状況(現時点で伝えられる範囲で)と今後の対応について、誠実かつ迅速に情報を提供します。不正確な情報や隠蔽は、かえって信頼を失います。
- 対策の実行: 事態の沈静化、被害の拡大防止、関係者の安全確保などを最優先に、具体的な対策を実行します。必要に応じて、弁護士、会計士、広報専門家などの外部の専門家へ相談・協力を求めることも検討します。
- 経過記録と情報の一元管理: 対応の経過や収集した情報を正確に記録し、一元管理します。これは、その後の状況把握、意思決定、そして再発防止策の検討に不可欠です。
- 原因究明と再発防止策の検討: 事態が収束した後、なぜトラブルが発生したのか原因を徹底的に究明し、二度と同様の事態が起こらないための根本的な再発防止策を検討・実施します。
- 信頼回復に向けた取り組み: トラブルによって失われた信頼を回復するため、今後の活動方針や改善策を丁寧に説明し、関係者とのコミュニケーションを継続します。
まとめ
持続可能な地域事業を運営するためには、事業推進と並行して、リスク管理と危機対応の体制を構築・運用していくことが重要です。最初から完璧な体制を築くことは難しくても、まずはご自身の事業にどのようなリスクが潜んでいる可能性があるかを考えることから始めてみてはいかがでしょうか。身近なリスクから一つずつ対策を講じていくことで、事業の安定性が高まり、より強固な基盤を築くことができるでしょう。これは、ボランティアベースの活動から事業化へと移行する上で、安定した運営を目指す上で避けて通れない、しかし確実に事業を守るための重要なステップとなります。