地域活動をソーシャルビジネスへ:提供価値の明確化と価格設定のステップ
地域での活動を長年続けてこられた皆様にとって、その活動を持続可能なものとするために「事業化」は重要な課題の一つであると存じます。ボランティアベースの活動は、資金面や運営面で限界を迎えることも少なくありません。活動をソーシャルビジネスとして成立させるためには、提供している「価値」を明確にし、それに対する「価格」を設定することが不可欠となります。
本稿では、皆様がこれまで培ってきた地域活動の経験を活かし、持続可能な事業へと転換するために、活動の価値をどのように捉え直し、適切な価格をどのように設定していくか、その基本的な考え方とステップについてご説明いたします。
1. 活動の「価値」を明確化する重要性
ご自身の地域活動について、「良いことをしている」「必要とされている」という感覚をお持ちの方は多いでしょう。しかし、これを事業として成立させるためには、感情や感覚だけでなく、提供している「価値」を論理的かつ具体的に定義する必要があります。
「価値」の明確化は、以下の点で事業化の第一歩となります。
- 提供内容の言語化: 誰に、どのような課題解決や恩恵を提供しているのかを明確にすることで、サービスや商品の内容を具体的に定義できます。
- ターゲットの特定: どのような人々に最も価値を提供できているのかが明確になり、その人々に焦点を当てた戦略を立てやすくなります。
- 独自性の把握: 他の類似活動やサービスとの違い、つまりご自身の活動ならではの強みやユニークな提供価値が明らかになります。
- 伝え方の基準: どのような言葉で活動内容やサービスを説明すれば、ターゲットに魅力的に伝わるのかの基準ができます。
ご自身の活動の「価値」とは、単に「〇〇を開催している」「△△を提供している」といった活動内容そのものではありません。それは、その活動を通じて人々や地域に生まれる変化、もたらされる恩恵、解決される課題のことです。
例えば、「高齢者のための交流会を開催している」という活動内容は、その価値を明確にすると「高齢者の孤独を解消し、地域でのつながりを生み出す」「健康維持や生きがいづくりに貢献する」といった具体的な変化や恩恵として表現できます。
2. 活動の「価値」を特定・言語化するワーク
ご自身の活動の価値を深掘りし、言語化するために、以下のワークを試してみることをお勧めします。
- 活動の棚卸し: 現在行っている活動を全てリストアップします。
- 対象者の特定: それぞれの活動が、具体的にどのような人々(年齢、性別、地域、抱える課題など)を対象としているかを書き出します。
- 活動の「前後」の変化: その活動に参加する前と後で、対象者の状況や気持ち、地域にどのような変化が生まれているかを具体的に考えます。身体的、精神的、社会的、経済的など、多様な側面から検討します。
- 関係者へのヒアリング: もし可能であれば、活動の参加者、関係者、地域の声を聞いてみてください。「この活動のどんなところが役に立っていますか?」「この活動があって何が変わりましたか?」といった質問は、ご自身では気づかなかった価値を発見する手助けとなります。
- 競合・代替サービスの分析: 同様の課題解決を目指す他の活動やサービスはありますか?それらと比較して、ご自身の活動が提供できる独自の価値はどこにあるでしょうか?
- 価値の言語化: 上記を通じて明らかになった変化や恩恵、解決される課題を、ターゲットに響く言葉で表現してみます。「〇〇ができるようになります」「△△の不安が解消されます」「これまでになかった居場所が生まれます」など、具体的なベネフィット(顧客が得られる利益や恩恵)として記述します。
このプロセスを経ることで、ご自身の活動が持つ本質的な価値が明確になり、事業として提供すべき内容が見えてきます。
3. 適正な「価格」設定の考え方
価値が明確になったら、次に考えるべきはそれに対する価格です。価格設定は、事業の持続性、提供する価値の認識、ターゲット顧客との関係性に大きく影響します。ソーシャルビジネスにおいては、社会的インパクトの追求と経済的な持続性の両立を目指すため、価格設定にも独自の配慮が必要です。
価格設定の基本的なアプローチにはいくつか種類があります。
- コスト志向価格設定: 提供にかかる総コスト(人件費、経費など)を計算し、それに適切な利益を上乗せして価格を決定する方法です。事業の採算ラインを把握する上で重要ですが、提供価値や市場を反映しにくい側面があります。
- 顧客価値志向価格設定: 顧客が提供される価値に対してどれだけ支払う意思があるか、あるいはどれだけ価値を感じるかに基づいて価格を決定する方法です。市場のニーズや顧客の認識を反映しやすいですが、価値の評価は主観的になりがちです。
- 競争志向価格設定: 競合他社や類似サービスの価格を参考にして価格を決定する方法です。市場における位置づけを決めやすいですが、独自の価値やコストを考慮しないと持続性が危ぶまれる可能性があります。
ソーシャルビジネスにおいては、これらのアプローチを単独で用いるのではなく、組み合わせて検討することが推奨されます。
特に考慮すべき点として、以下が挙げられます。
- 社会的インパクト: 価格設定が、達成したい社会的インパクトにどう影響するかを考慮します。例えば、支援を必要とする人々が価格のためにサービスを受けられない、といった事態は避けるべきです。
- 受益者の支払い能力: 主な受益者が限られた経済状況にある場合、価格設定は慎重に行う必要があります。助成金や寄付、他の収益事業からの収入を組み合わせるなどの工夫が必要です。
- 資金調達との連携: サービス価格からの収入に加え、助成金、クラウドファンディング、寄付など、他の資金調達手段とのバランスを考慮した価格設定が求められます。
4. 具体的な価格設定のステップ
価格設定を具体的に進めるには、以下のステップが有効です。
- コストの把握: 提供するサービスや商品にかかる直接的・間接的なコストをできる限り正確に計算します。人件費(ご自身の労働時間含む)、材料費、場所代、通信費、交通費、広報費など、全ての経費を洗い出します。
- ターゲット顧客の調査: ターゲットとなる人々が、同様のサービスにどの程度お金を払っているか、あるいは払えるかを調査します。直接のヒアリングやアンケート、類似サービスの価格調査などが有効です。
- 市場価格の調査: 類似の活動やサービスが、どのような価格設定をしているかを調べます。完全に一致するものがなくても、参考になる事例はあるはずです。
- 複数の価格帯の検討: 一つのサービスに対して、複数の価格帯(例:通常料金、低所得者向け割引、プレミアム料金など)を設定することも検討できます。これにより、より多くの層にサービスを届けられる可能性があります。
- 価格設定の仮決定: 上記を踏まえ、コストを回収しつつ、ターゲットが受け入れ可能で、提供価値に見合うと考えられる価格を仮決定します。
- 試行と見直し: 設定した価格で実際にサービスを提供し、顧客の反応や収益状況を見ながら、価格が適切かどうかを定期的に見直します。フィードバックを収集し、必要に応じて価格を調整していきます。
価格設定は一度行えば終わりではなく、事業の成長や社会状況の変化に応じて柔軟に見直していくプロセスです。
5. 価値と価格を伝え、事業につなげる
価値を明確にし、価格を設定したら、それをどのようにターゲットに伝え、事業として展開していくかを考える必要があります。
- 情報発信: ウェブサイト、SNS、チラシ、説明会などを通じて、ご自身の活動が提供する具体的な価値と、それを利用するために必要な価格情報を分かりやすく発信します。価格だけでなく、サービスを利用することで得られるベネフィットを魅力的に伝えることが重要です。
- 提供方法の多様化: 一度きりの講座、連続講座、サブスクリプションモデル、個別相談、イベント参加費など、価値提供の形式に応じた多様な価格設定や支払い方法を検討します。
- 資金調達との組み合わせ: サービス料金だけではコストを賄えない場合や、社会的インパクトを最大化するために低価格で提供したい場合は、助成金、クラウドファンディング、企業協賛、個人寄付などを収入源として組み合わせる戦略が必要です。収益事業で得た利益を、無償または低価格で提供する活動に充てる、といったモデルも考えられます。
まとめ
地域活動を持続可能なソーシャルビジネスへ転換するためには、まずご自身の活動がどのような「価値」を誰に提供しているのかを明確に定義することが出発点となります。そして、その明確になった価値に対して、コスト、顧客の支払い能力、市場の状況、そして社会的インパクトを考慮した「適正な価格」を設定することが、事業の持続性を確保する上で不可欠です。
価値の明確化と価格設定は、難しく感じられるかもしれませんが、これまで地域のために尽力されてきた経験や情熱を、より多くの人々に、より長く届け続けるための大切なステップです。ぜひ、ご自身の活動の価値を改めて見つめ直し、持続可能な事業モデル構築に向けた一歩を踏み出してください。
次回の記事では、設定した価値と価格をどのように収益モデルに落とし込み、具体的な事業計画へと繋げていくかについて解説する予定です。