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地域課題解決のためのビジネスモデルキャンバス活用入門:事業の全体像を整理し、持続可能性を高める基礎

Tags: ソーシャルビジネス, 事業計画, ビジネスモデルキャンバス, 地域活性化, NPO運営

地域で長年活動されてきた方が、その経験と情熱を活かしてソーシャルビジネスを立ち上げたり、既存の活動を持続可能な事業として展開したりする際、事業全体の構造を明確に理解し、整理することが重要になります。特に、地域課題の解決という社会的価値と、事業継続のための経済的価値の両立を目指すソーシャルビジネスにおいては、通常のビジネスモデルとは異なる視点も必要となります。

事業の全体像が曖昧なまま進めると、資金繰りに苦労したり、活動が属人的になったり、関係者との連携がうまくいかなかったりと、様々な課題に直面する可能性があります。こうした状況を避け、事業を持続可能なものにするためには、全体を俯瞰し、構成要素間の関係性を把握することが有効です。

そこで今回は、地域におけるソーシャルビジネスの事業構造を整理し、関係者間で共有するための有用なフレームワーク、「ビジネスモデルキャンバス」の基礎とその活用方法について解説いたします。

ビジネスモデルキャンバスとは

ビジネスモデルキャンバスは、スイスの経営コンサルタントであるアレックス・オスターワルダー氏らが提唱した、事業モデルを構成する9つの要素を一枚のキャンバス上に図示化するツールです。このキャンバスを用いることで、事業の仕組みを視覚的に捉え、関係者間で共有しやすくなります。

なぜ、このビジネスモデルキャンバスが地域におけるソーシャルビジネスに有効なのでしょうか。地域課題の解決を目指す活動は多岐にわたり、関わる人も多様です。ボランティア、受益者、自治体、企業、NPO、地域住民など、様々なステークホルダーが存在し、資金の流れも事業収益だけでなく、助成金、寄付、会費などが複合的に関わる場合があります。このような複雑な構造を持つソーシャルビジネスにおいて、ビジネスモデルキャンバスは、要素を分解し、それらがどのように結びついているのかを整理・可視化するのに役立ちます。これにより、事業の強みや課題が見えやすくなり、改善点や新たな機会を発見しやすくなります。

ソーシャルビジネスにおけるビジネスモデルキャンバスの9つのブロック

ビジネスモデルキャンバスは以下の9つのブロックで構成されています。それぞれのブロックについて、一般的な定義と、地域におけるソーシャルビジネスに当てはめて考える際のポイントをご紹介します。

  1. 顧客セグメント (Customer Segments):

    • 一般的な定義: 誰に価値を提供しようとしているのか、ターゲットとなる顧客グループを特定します。
    • ソーシャルビジネスのポイント: ここでいう「顧客」は、課題を抱える「受益者」だけではありません。事業を支援してくれる「支援者」(寄付者、ボランティア)、協働する「パートナー」(自治体、企業、他のNPO)、サービスや製品の「購入者」、さらには「地域住民全体」など、事業に関わる多様なステークホルダーを含めて考えることが重要です。それぞれのグループがどのようなニーズを持っているかを明確にします。
  2. 価値提案 (Value Propositions):

    • 一般的な定義: 顧客セグメントに対して、どのような価値を提供しているのかを定義します。顧客のどのような課題を解決し、どのようなニーズを満たすのかを示します。
    • ソーシャルビジネスのポイント: 社会的価値と経済的価値の両方を明確に定義する必要があります。例えば、「高齢者の孤立を防ぎ、生きがいを提供する」といった社会的価値と、「地域特産品を販売し、生産者の収入向上に貢献する」といった経済的価値(または、サービス利用者が得る個人的な利便性や満足度といった価値)の両面から検討します。なぜその事業が必要なのか、何が特別なのかを言語化します。
  3. チャネル (Channels):

    • 一般的な定義: 顧客セグメントに価値提案を届けたり、関係を築いたりするための経路(流通、コミュニケーション、販売チャネル)を特定します。
    • ソーシャルビジネスのポイント: 情報発信の方法(ウェブサイト、SNS、地域メディア、口コミ、イベント)や、サービス提供の方法(訪問支援、拠点での活動、オンラインツール)、製品の販売方法(直販、委託販売、オンラインストア)など、複数のチャネルを組み合わせる場合が多いです。それぞれの顧客セグメントにとって最適なチャネルは何かを検討します。
  4. 顧客との関係 (Customer Relationships):

    • 一般的な定義: 各顧客セグメントとどのような関係性を構築し、維持していくのかを定義します。
    • ソーシャルビジネスのポイント: 一方的なサービス提供に留まらず、受益者との継続的な関わり、支援者との信頼関係構築、パートナーとの協力体制維持など、多様な関係性があります。個別対応、コミュニティ形成、セルフサービスなど、目指す関係性の種類を明確にします。
  5. 収益の流れ (Revenue Streams):

    • 一般的な定義: 事業がどのような方法で収益を得るのかを示します。
    • ソーシャルビジネスのポイント: サービスや製品の対価としての「事業収益」に加えて、「寄付」「会費」「助成金・補助金」「委託事業費」など、非営利的な資金調達も重要な要素となります。どのような収益源があり、それぞれが事業全体のどの部分を占めるのか、持続可能な資金基盤をどう作るかを検討します。
  6. 主要リソース (Key Resources):

    • 一般的な定義: 価値提案を実現し、チャネルを通じて届け、顧客との関係を築き、収益を生み出すために不可欠な経営資源(物理的、知的、人的、資金的)を特定します。
    • ソーシャルビジネスのポイント: スタッフやボランティアといった「人的リソース」は特に重要です。その他、活動拠点や設備といった「物理的リソース」、ノウハウやブランドといった「知的リソース」、そして「資金」が含まれます。どのようなリソースが必要で、現在何があり、何が不足しているのかを洗い出します。
  7. 主要活動 (Key Activities):

    • 一般的な定義: 価値提案を実現するために、事業が行うべき最も重要な活動を特定します。
    • ソーシャルビジネスのポイント: 提供するサービスそのもの(例:高齢者への声かけ訪問、学習支援)、製品の製造・販売、情報発信、イベント企画・運営、地域との連携構築、資金調達活動、組織マネジメントなど、事業の中核となる活動を具体的に記述します。
  8. 主要パートナー (Key Partnerships):

    • 一般的な定義: 事業の成功のために不可欠な外部のパートナーやアライアンスを特定します。
    • ソーシャルビジネスのポイント: 自治体、社会福祉協議会、地元の企業、他のNPO、学校、医療機関、地域の商店、ボランティア団体など、地域における様々な関係機関や個人がパートナーとなり得ます。それぞれのパートナーが事業にどのような貢献をしてくれるのか(リソース提供、活動の協力、専門知識の提供など)を明確にします。
  9. コスト構造 (Cost Structure):

    • 一般的な定義: 事業を運営するためにかかる主なコストを特定します。
    • ソーシャルビジネスのポイント: 人件費(スタッフ給与、謝礼)、活動場所の賃料、光熱費、材料費、交通費、広報費、通信費、委託費、事務費、資金調達にかかる費用など、事業運営に関わる費用全般を洗い出します。主なコストドライバー(何によってコストが増減するか)を把握し、費用対効果を考える上で重要となります。

ビジネスモデルキャンバスの活用ステップ

ビジネスモデルキャンバスは、以下のステップで活用することで、より効果的に事業の整理や検討を進めることができます。

  1. 目的の明確化と準備:

    • なぜビジネスモデルキャンバスを作成するのか、その目的を明確にします(例:新規事業のアイデア整理、既存事業の課題特定と改善、関係者間の共通理解促進)。
    • 可能であれば、事業に関わる主要なメンバーと一緒に取り組むのが理想的です。様々な視点を取り入れることで、より多角的で現実的なキャンバスを作成できます。
    • 模造紙のような大きな紙にキャンバスの枠を描くか、専用のテンプレート(オンラインでも利用可能)を用意します。付箋(ポストイット)をたくさん用意し、各要素を書き込んで貼り付けていく方法が一般的で推奨されます。これにより、要素の移動や修正が容易になります。
  2. 現状の可視化(As-Isモデルの作成):

    • 現在取り組んでいる活動や事業について、9つのブロックそれぞれに当てはまる要素を付箋に書き出し、キャンバスに貼り付けていきます。
    • この段階では、良い悪いを評価するのではなく、現状を正直に、漏れなく書き出すことに集中します。
    • 一つのブロックに複数の要素が考えられる場合は、それぞれを別の付箋に書き出します。
  3. アイデアの検討と将来像の構築(To-Beモデルの作成):

    • 現状モデルを基に、どのような点に課題があるか、どのように改善すれば持続可能な事業になるかを議論します。
    • 新たなアイデア(新しいサービス、別の収益源、効率化の方法など)を付箋に書き出し、キャンバス上で配置を変えたり、新しい付箋を追加したりしながら、目指したい将来のビジネスモデル(To-Beモデル)を構築していきます。
    • 特に、コスト構造と収益の流れのバランス、価値提案と顧客セグメントの適合性、必要なリソースと活動が明確になっているかなどを重点的に検討します。
  4. 仮説検証と実行計画への落とし込み:

    • 作成したTo-Beモデルはあくまで仮説です。「この価値提案は本当に顧客セグメントに響くか?」「このチャネルで効果的にリーチできるか?」「この収益モデルでコストをカバーできるか?」といった仮説を立てます。
    • これらの仮説を検証するために、スモールスタートでの試験的な実施、アンケート、ヒアリングなどを通じてフィードバックを得ます。
    • 検証結果に基づいてキャンバスを修正し、具体的な実行計画へと落とし込んでいきます。
  5. 定期的な見直しと改善:

    • 事業を取り巻く状況や、事業自身のフェーズは常に変化します。一度作成したビジネスモデルキャンバスをそのままにせず、定期的に見直し、必要に応じて更新することが推奨されます。
    • 特に、大きな環境変化があった時や、事業の成果が計画通りに進んでいない時などに、キャンバスを見直すことで、課題の原因特定や新たな戦略の検討に役立ちます。

地域ソーシャルビジネスにおけるビジネスモデルキャンバスの活用例

ここでは、高齢者の見守り活動と地域コミュニティカフェ運営を組み合わせた架空の地域ソーシャルビジネスを例に、ビジネスモデルキャンバスの各ブロックにどのような要素が入るか、類型的な例を示します。

このように、それぞれのブロックに要素を書き出すことで、事業の全体像と各要素間のつながりが見えてきます。例えば、「収益の流れ」がカフェの売上と寄付・助成金に偏っているなら、「主要活動」や「主要パートナー」を見直し、新たな収益源(例:企業との共同商品開発、イベント有料化、自治体からの別の委託事業獲得)を検討する必要があるかもしれません。

まとめ

地域におけるソーシャルビジネスの持続可能な運営を目指す上で、事業の全体像を整理し、その構造を理解することは非常に重要です。ビジネスモデルキャンバスは、この複雑な事業構造を9つのブロックに分解し、可視化するための強力なツールとなります。

このツールを活用することで、あなたの事業が誰に、どのような価値を提供し、どのように収益を得て、どのような資源や活動、パートナーが必要なのかを明確にすることができます。それは、事業の現状を客観的に把握し、潜在的な課題や新たな可能性を発見するための第一歩となるでしょう。

ぜひ、ビジネスモデルキャンバスを実際に使ってみて、あなたの地域活動を持続可能なソーシャルビジネスへと発展させるための設計図を作成してみてください。初めは難しく感じるかもしれませんが、まずは現状の活動を書き出すことから始めてみることを推奨します。関係者と一緒に取り組めば、より多くの気づきが得られるはずです。